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椎名林檎×宮本浩次 獣ゆく細道と目抜き通りに見る対比の手口~拝啓、おまけの夜~

柿沼さんのYoutubeチャンネル「おまけの夜」、最新回見ました。

www.youtube.com

 

わーい!


以前から、諸般の理由により柿沼さんの語る林檎ちゃん(敬意を込めた敢えてのやつ)の話が聞きたかったんですが
宮本さんのおかげで遂に聞くチャンスを得て、テンションが上がりました。
ひゅーひゅー!

 

さて。
柿沼さんは上の動画の中で、宮本さんファンとして林檎ちゃんの書いた歌詞を翻訳し、宮本さんの歌詞に変換し直すというのをやってましたが
それに完全に触発されて、林檎ちゃんファンとして林檎ちゃんの書いたこの歌詞のお話をしたいなーと思い、今これを書いています。

 

  
このツイートで自ら触れていた『獣ゆく細道』と『目抜き通り』の対比辺りを主軸に。

 


おまけの夜方式に則って「知識とか御託は問わず、話したい事話すお祭り」として書いてますんで、そんな御大層なものは御座いません。
軽い気持ちで。どうぞよしなに。

 

 

 
まず、椎名林檎という歌手が好んで使う表現の一つに、対比があると思うのですが。
これは彼女の作るアルバムのタイトルの構成一つとっても読み取れる事で、
例えばアルバムの曲順を芯となる一曲を軸に曲名がシンメトリーに広がるように配したり
アルバムの曲同士、あるいは歌詞の中でも、事柄を対比して提示することによって、直接的には論じられていない別のことを示す、というのはよくやる表現手段だと思います。

 

歌詞で言えば、『映日紅の花』が大変分かりやすい例かなと。

実の無い花は枯れても永遠に愛でられるる無実の罪

映日紅の花/椎名林檎

 

花の咲かない実は朽ち永遠に忘らるる無骨な罰

映日紅の花/椎名林檎


後世に直接的繁栄をもたらさなくてもその美しさで愛でられ、賛美を受け続ける花と
生命のサイクルの中ではきちんと営みを紡いでいるのに、その存在を軽んじられ、記憶の中からも朽ちていく事を余儀なくされる果実。

でも、ここで椎名林檎が歌いたいとしているのは、寧ろそのどちらでもなく
「花を付けないと言われているいちじくの花は、本当は実の内側に隠されている」*参考「だったら、それはどうなる?」って事だと思うんです。
きちんと認識されていないだけで本当は花を咲かせているのに、不名誉に花の無い実なんて漢字まで宛てられたいちじく。

そういうものにこそ、焦点を当てるべきなんじゃないかと思って歌われた曲な気がします。
(あくまでものの例えであって、当然ながら椎名林檎がいちじく過激派という訳ではない)

 

これは、この曲のPVが収録された賣笑エクスタシーのDVDで、いちじくにかんする生態の説明文の表示→PVへという導入のスタイルや
いちじくを一般的な「無花果」という表記ではなく「映日紅」という漢字で宛てている点から見ても、そんなに間違った解釈ではないと思っています。

 

あとは、野田さんとのクリエーションなのでどこまで椎名林檎本人が絡んでいるのかは分かりませんが
野田地図公演エッグでの、毒苺に収録された『望遠鏡の中の記憶』、『望遠鏡の外の景色』でも、対比が用いられています。


覗き込んだ望遠鏡の中、クローズアップされ眼前に差し出された情景は戦争と時代の犠牲になった男女の最期という極めて凄惨で感傷的なもの。
けれど望遠鏡の覗き穴から目を離し、俯瞰で景色を見てみればそんなものなど微塵も感じさせない慌ただしい光景が広がっている。

 

対比の手法自体は、エッグの劇中でも印象的に使われていて、
同時にこの曲のタイトルでは、舞台の中で使われた望遠鏡と言うアイテムの使い方そのものとも対比を為す提示のされ方をしていると思います。

 

 

……対比の例、長くない?


ってことで本題に戻るのですが、

最近の椎名林檎のクリエーションの中で男性ボーカルを客演として迎えた2つの曲。
『目抜き通り』、そして『獣ゆく細道』。
いずれも道を表しており、また曲中でも分かりやすく「春」「夏」と「秋(飽き)」「冬(蜉蝣)」と対照的な季節を対比させたこの曲ですが
この2つの曲自体もめちゃくちゃ椎名林檎の世界観らしい対比があるなーと感じています。

  

このインタビューにも出てきますが

withnews.jp


椎名林檎の歌詞や考え方を語る上で「生」と「死」は割と欠かせない要素になると思います。


いつか必ず死を迎えるからこそ、今正に生を謳歌する。

こういう感覚は以前から椎名林檎の作る曲に脈々と流れる概念でしたが、東京事変三文ゴシップ~日出処辺りから
かなり如実に、繰り返しそして決してネガティブばかりではない側面をきちんと前にして打ち出される様になってきました。

 

その文脈で語ることを許されるのなら、
『目抜き通り』が(曲のイメージからは想起しづらいかもしれませんが)「死」を意識した「理想」や「マクロ」であり
『獣ゆく細道』は、圧倒的な「生」であり、「現実」であり、「ミクロ」であるとわたしは思います。

 

この生と死、マクロとミクロの対比は、『人生は夢だらけ』という曲の中で分かりやすく歌われています。

近寄れば悲しく 離れれば楽しく見えてくるでしょう
それは人生 私の人生

 人生は夢だらけ/椎名林檎


これ、この曲の歌詞中にも出てくる富士山にもかかってきている気もしなくもないですが、マクロとミクロでは同じ物事でも全く違う様相を見せる。
生きることって、基本全然きらきらしてないっていうね。
どんなに恵まれているように見える人生でも、絶対に他者から見えてる幸せ~ってだけじゃない何かがあるんだと思います。

 

椎名林檎と言う人の唄う曲には、生い立ちや経験もあってか「死」を意識している歌詞が散見されます。

死刑判決言い渡し 聞いた場所を忘れたか
産声は極刑の合図 執行まで猶予はない

 尖った手口/椎名林檎

 

逆さに数えて残りを測っているの
確と最期から指折りたったいままで
(中略)
終を見据えて命を揺すっているの
音がしたらそれは突撃の合図だと

 逆さに数えて/椎名林檎

 

明日 くたばるかも知れない だから今すぐ振り絞る

月に負け犬/椎名林檎

『月に負け犬』のタイミングからもう言ってんな……ずっと言ってますね。

 


だからこそ、彼女の歌詞には正に今を生きる事の重要さを説いたメッセージが多い。
特に『目抜き通り』ではどんな人でも分け隔てなく、日の当たる場所に躍り出て目一杯人生を謳歌する事を賞賛し、奨励している訳です。

本番さ ショータイム 終わらない
生きている間ずっと 愛し愛され歩いて行こうよ
銀座は、春

 目抜き通り/椎名林檎トータス松本

 

生きているうちはずっと旬だと そう裏付けて

 旬/椎名林檎

 

美味しそうな今 美味しそうな旬を 美味しく戴く
それが人生よ
つまり 愛すべき今 愛すべきひとと 愛し合うまでよ
邪魔しないで

 静かなる逆襲/椎名林檎

 


対する『獣ゆく細道』は、ものすごくリアル。
『目抜き通り』がキラキラした嘘みたいに目映い世界なら、こちらは土や鉄の香りが匂い立つような地面にしっかと足の着いた曲と言った印象。
同時に『NIPPON』や『自由へ道連れ』を思い起こさせる疾走感ある感じのメロディや歌詞にも
身体中の毛穴がぎゅっと締まる様な一世一代の勝負に挑む人間特有の感覚を受けます。

 

丸腰の命をいま 野放しに突走らうぜ

 獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次 

 

逸る命 この現し身は驀地

 自由へ道連れ/椎名林檎

 

勝敗は多分そこで待っている
そう 命が裸になる場所で

 NIPPON/椎名林檎

 

あるいは

 

借りものゝ命がひとつ 厚かましく使ひ込むで返せ

 獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次

 

有りっ丈食い尽し死ぬ瞬間は 空っぽの容れ物に還ろう

 逆さに数えて/椎名林檎

 

の辺り。

 

またニュアンス程度ですが、東京事変、特にスポーツ辺りで椎名林檎が書いた歌詞とのシンクロも見られるなーとも思います。

 

あたまとからだ 丸で食ひ違ふ

 獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次

 

体と心とが 離れてしまった。
居直れ 我が生命よ。

 生きる/東京事変

 

教えてよ 頭のうちでは言葉が何より正しいと
(中略)
教えてよ 口に出した途端言葉は裏切るものだと

 絶体絶命/東京事変

 

あるいは

 

人間たる前の単に率直な感度を頼ってゐたいと思ふ

 獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次

 

昨日の予想が感度を奪うわ 先回りしないで

 閃光少女/東京事変

 

とか

かなしみが覆ひ被さらうと抱きかゝへて行くまでさ

 獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次

 

かなしみが顔を隠してわたしを抱き抱えている

 絶体絶命/東京事変

 

みたいな。
ここ(特に最後のやつ)はほんとにニュアンスと言うか、物事の解釈(使ってる単語?)が似てますよね程度の案件な気が自分でもしています。

 


でも、椎名林檎がふたつの曲で提示している根底的なメッセージは同じなんだと思います。
人間賛歌だし、人生賛歌。
生きることへの強い肯定。柿沼さん謹製google翻訳で言うところの オマエ・デッケェナです(?)。

 

椎名林檎本人もこのインタビュー動画の中で言ってますが
「限りある命をどう使おうが、自分の責任だし、誰にも何も言わせなくていいんじゃないか」、ファンに言わせても椎名林檎の「何時も通りです」って感じ。

 

ただ、『目抜き通り』と『獣ゆく細道』は対極的なアプローチの曲だとは思うんですが、そのどちらの要素も持ってる椎名林檎の曲を敢えて挙げるなら『逆さに数えて』かなと思います。
『逆さに数えて』、超名曲。

 是非聞いてみてくださいね!(急な宣伝をぶちこむスタイル)

 

 

 

おまけの夜で、柿沼さんは、『目抜き通り』と『獣ゆく細道』を季節の巡りと同じ「ループ」とおっしゃっていたけど
個人的なイメージとしてはもっとスパンが短いものかなとも感じました。
表裏一体と言っても良い位の近さはあるものなのかなと。
同じ「生きる」という題材について別々の視点で対比させているだけ、みたいなイメージに見えるのです。

 

同時に、『獣ゆく細道』で語られてるここの歌詞。

本物か贋物かなんて無意味 能書きはまう結構です
幸か不幸かさへも勝敗さへも当人だけに意味が有る

 獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次

 

これって児玉監督もおっしゃってるけど
『獣ゆく細道』の方はあくまで自己との対峙、葛藤、勝負がメインだからなんですよね。
一人きりで走って結果を求めている最中に、他人の評価なんて無意味。それこそ批評は出来上がったものを以てして、後でもらうものだから。

 

孤独とは言い換えりゃ自由

 獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次

 

な訳ですし。

 

そして、そういう孤独と言う自由を抱く人間たちが広い往来でようやっと会うからこそ

いのちの使い道は すれ違いざま笑って返す
ほんの一瞬

目抜き通り/椎名林檎トータス松本

 

決して馴れ合わず、微笑んですれ違う。そしてまた己との勝負に戻っていくって言う。


あれ、やっぱりループか……?

 

 


そして、おまけの夜を見ていて考えを強くしたことですが。
柿沼さんが『獣ゆく細道』の歌詞をミヤジ→椎名林檎→柿沼からのミヤジ、でgoogle翻訳していて
あの曲の歌詞が凡そストレートに宮本さんらしさを感じる解釈が出来る歌詞だとおっしゃっているのを見て、わたしは結構不思議な気持ちになって。


それが何でかって言うと、椎名林檎のファンであるわたしからすれば、
『獣ゆく細道』って前述したとおり、中身も含めて椎名林檎の歌詞としてもちゃんと成立しているから。
寧ろ主張にかんしていえば、平時の彼女らしささえ感じられるものだと思います。

 

勿論、音楽の歌詞は一般的に言えば様々な解釈が可能な程、広く抽象的なものになりがちなものなのかも知れないし、これは椎名林檎自ら「その人物がこれまで発して来たメッセージを、この曲の中で一度、私なりに要約出来ないだろうかと考えたのです」と言っていたのだから、宮本さんを歌詞の至る所から感じ取って然るべきなんですよね。

それでも宮本さんのファン、椎名林檎のファン、いずれから見ても齟齬のない歌詞になっているということは
そこに示される主張や思想に、そもそもリンクし、共鳴する部分があるからに他ならないのではないかなと思います。

 

その事実こそが、宮本浩次椎名林檎がそれぞれある種同じ「獣」であり、同じ「野性」を抱えていることの証明になる気がします。

 

 
わたしがこれで言っていた、だからこそ『野性の同盟』に帰結するよねって話はここで繋がります。
なっがー。

 

 

『野性の同盟』は宮本さんを思いながら書いた歌詞、と言う訳では勿論ないと思いますが、ここでも双方の曲で、共通項として挙げられるであろう個所が出てきます。

着膨れして生き乍ら死んぢゃあゐまいかとふと訝る

 獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次

 

さあかつての少年少女等は 分厚い諂いを着込んでいるころでしょう

 野性の同盟/椎名林檎


闘うために着込んだ筈の武装
でも知らぬ間にそれに乗っ取られそうになったり、その重さに脚を取られたり。

 

そう「生きている」と言う絶望こそが君と僕とを結わえている野性

 野性の同盟/椎名林檎

 

『野性の同盟』で歌われている内容がそのまま宮本さんと椎名林檎、互いを繋ぐものになるのかは定かではありませんが
内なる獣(この言い回し我ながらめっちゃダサい。「私の……内なるマグマに耳を澄まして……」位ダサい)を携えている人間が
同じ人種にだけ感じるシンパシーみたいなものは宮本さんと椎名林檎の間にもあるんだろうなと勝手ながら思います。

 

そしてこの『野性の同盟』も、「秋」空と、吐息の白さという「冬」の季節を思わせる歌詞や描写が登場します。
椎名林檎がカバーして唄ったバージョンは、音そのものも冬の静謐で乾いた空気を想起させるようなものに感じるし)
椎名林檎は使う言葉に特定のイメージを関連付けるケースが結構あるので(乾く、猫の眼、赤・白などなど)
彼女にとっての「野性」は秋や冬の季節と関連づけられやすいのかなとも思ったり。

 


わたしの超個人的なおまけの夜(ソロ)は以上です。
児玉監督もナタリーでおっしゃってましたが(2回目)

natalie.mu

「自分自身と孤独に闘い続ける獣。その生き様を垣間見てしまったときの瞬間」に正しく立ち会っている様な3分43秒ですよね。濃ゆい。

 

www.youtube.com

 

 

 

あともう一つだけこの曲に於いて書いておきたいのが、「御為倒しか とんだかまとゝ」の部分なんですけど。


林檎好きの友人女性が揃いもそろって、「役得」「ミヤジに言わせたがってる」「歌わせ方めっちゃ拘ってそう」などと失礼千万な事を言っていましたが
これにかんして個人的な考えを述べるなら、椎名林檎ってすごくミーハー的要素があると思っていて。


これはディスでも何でもないんですが、このミーハーという部分がすごく本人のクリエーションに効いてきている事が多く見受けられる気がします。
ミーハー感については、この辺が個人的にはめちゃくちゃ分かりやすい。

natalie.mu

 


椎名林檎って、例えるならすごく精緻なテーラーリング技術を持った職人的デザイナーの側面と
めちゃくちゃ勘とノリの良いスタイリストの側面みたいなもののどちらも持っていて。
このすごく色々なスタイルのハードそのものを作り上げられる技術と、それを与える人間そのものにぴったりフィットしたものを提案できるソフト面みたいなものが
作曲家であり唄い手である「椎名林檎」を構成させている要素のひとつなんだとわたしは思っています。

 


その冷静なスタイリング能力みたいなものって、曲提供するお相手の方は勿論、「椎名林檎」そのものにもすごく使われているイメージで。
だから、クローゼットに用意されていても椎名林檎の文脈に合わないもの(ストレートでも裏張りでもない、みたいなの)は最初に自分では歌わない。
それがぴったりの誰かにまず誂える。
そしてその曲の正しいスタイルをぴったりの誰かで提示して、「正しい着方はご覧になったでしょう?これはそれのアレンジです」っていうのを「椎名林檎」でするというか。


脱線しましたが、そんな凄腕スタイリスト的コーディネート能力が彼女の掌中では大体遺憾なく発揮されるので
「この人にここでこれを唄わせたら堪んないでしょ!って言うかそれしかなくない!?」っていうサービスみたいなフレーズを、まんまと入れてくる。
それがSMAPに提供した『真夏の脱獄者』で言うキムタク兄やんの「おいで」だし、今回の『獣ゆく細道』での「お為倒しか、とんだかまとゝ」になる訳です。

 

勿論、椎名林檎のこういうサービス精神みたいなものはミーハーだけにステータス全振りしているが故のものじゃなくて
「お客様がどういう形なら一番喜んでくださるか」というのが大前提である人だと思います。
客観性や唄い手としての主軸は言わずもがなそちらにあると思うんですけど、同時に良いミーハー感がそれを後押ししている。


今回の「とんだかまとゝ」も最良のミーハーが出たなと個人的には聞いております。
まあ、ここの歌詞って純粋に椎名林檎の牽制にも聞こえますけども。

 

 

 
あともう一個、超個人的解釈の蛇足。
柿沼さんが分かんないって言ってたここの歌詞なんですけど。

 

そっと立ち入るはじめての道に震へて ふゆを覚える
紛れたくて足並み揃へて安心していた昨日に恥ぢ入る

獣ゆく細道/椎名林檎宮本浩次

 

前述したインタビュー椎名林檎が言っている事にも繋がっている気がします。

これは、「ミヤジとしての解釈が難しい」って柿沼さんは言ってらしたけど、わたしはこれは宮本浩次椎名林檎のいずれかあるいは両者を指しているものではないと思います。
寧ろこの曲を聞いている我々の様な市井の人間たちに向けられた、誘い水の様なものなんじゃないかなと。


『目抜き通り』は勿論のこと、『人生は思い通り』でもそれが顕著に出ていますが、

こんなとこなのか知らん この人生
いったい何から制限されているの
いいや!最初から自由そのものさ

 人生は思い通り/椎名林檎

 

椎名林檎と言う人は常にこのメッセージを我々に対して発信し続けていて(直近のライブツアーでもこのメッセージはテーマのひとつとして提示されていた様に感じます)
この考えは『目抜き通り』にも通じていくものだと思っています。


だから今の宮本さんにも椎名林檎にもしっくりこないのは致し方ない。
だってふたりとも獣だから。

 

 

あと、恐怖や絶望に「ふゆを覚える」って感覚については、「冬」の薄ら寒い感じを含めた恐れと「蜉蝣」する様な竦んだ足元が覚束ないって感じなのかなと思います。

この、足元が覚束ない、って感覚は彼女の唄う『眩暈』に出てくる表現にも共通しますよね。

其の日は確かに地面が音も立てず
あたしの歩みを妨げ揺れて居た

 眩暈/椎名林檎

 

これも椎名林檎の感覚的な解釈による表現な気がする。

 

 

以上です。